歯の欠損に思うこと

一般に成人の嚙む力(咬合力)は前歯部20kg以上、大臼歯部60kg以上といわれています。しかし、義歯を入れている人の大臼歯部の咬合力は、成人の約4分の1の15kgで前歯部以下になります。また、健全歯列での咬合力を100%とすると、小臼歯~大臼歯がなく、義歯やブリッジを入れている人は数値が約半分に低下するという報告があります。しかし、インプラントを装着している人の咬合力は平均70kg以上です。これは埋入した金属のチタンが顎の骨に強固に癒着しているので、自分の歯以上の咬合力です。

これからは高齢者人口がますます増加します。そのため、口腔内には様々な問題が生じるので、ブリッジや義歯という選択肢は避けられないでしょう。欠損歯が増えるにつれて、咬合力は低下します。思い通りに咬めないと多くの患者さんが嘆かれますが、よく咬めないと丸呑み状態で飲み込むので、消化器官に負担がかかります。したがって、硬い物を避けて、咬みやすい物を選びがちになるので、食生活は楽しめなくなると思います。また、歯が1本でもなくなると顔貌が変化し始めます。頬はやつれて、しわが目立ち、特に顎が細く、小さくなるので、歯を支えている歯槽骨が次第に吸収されて低くなり、左右の顎関節を取り巻いている筋肉(特に咀嚼筋など)にも機能的変化が起こることで老化現象がスタートしてしまいます。

新義歯を希望して来院される患者さんは、見かけが悪くなった、口を開けただけで義歯がはずれる、ゆるくて咬めない、食べ物が挟まる、舌や頬を一緒に咬んでしまうなど訴えは色々です。それらは義歯と歯肉の間に隙間が生じて維持安定が悪く、口の中でカタカタとシーソーすることで、物を噛む力が更に低下するなど患者さんによって様々な原因が考えられます。

最も難しいのは上下の歯がすれ違っている“すれ違い咬合”の患者さんです。後姿を見ると、左右の肩が不自然に下がっている人を良く見かけます。このような人の口の中はバランスが悪く、左右の嚙み合わせが特にすれ違いになっているでしょう。上顎の左右どちらかの小~大臼歯が欠損し、上顎欠損歯と反対の下顎の歯が欠損すると、口腔内で嚙み合う部分が前歯しかありません。すると、残っている歯が歯肉に接近し、前歯部は負担過重になり、顎関節は安定せずに、筋肉も左右アンバランスになってしまいます。調整も元々左右均等ではないので大変ですが、特に初めて来院された患者さんは難しいです。長年お付き合いしている患者さんは癖や要望などを熟知していますが、初対面の患者さんとは手さぐりで進めていくので歯科医師は頭を悩めます。

いかに自分の歯が大切だったか、なくしてから実感される方が多いです。だからこそ、出来るだけ自分の歯を残すために、患者さん自身、ホームケアを行い、定期的に歯科医院でチェックをしてもらうなどの努力をしていただきたいです。