我が家の国際交流(パート1)
私が子供の頃、時代としては終戦後だったのですが、父がよく幾人かの外国人を連れて来ては、座敷で何やら歓談していたのを覚えています。当時、母は英語が全く話せなかったのですが、どういうわけかその場で一緒にニコニコと笑いながら座っていました。その時の私はと言うと、一緒に座ることはおろか、その座敷に近づくことすら嫌でした。
当時、私は付属中学に在籍していましたが、英語の授業は外国人教師・レイン先生に習っていました。授業内容は発音の練習を中心としたものだったと記憶しています。また、私の月曜~金曜の楽しみは「カムカム エブリボディ」で始まる、平川唯一先生の『英語会話』でした。この番組はNHK早朝ラジオで、今でもオープニングのメロディーを口ずさめるほどのヘビーリスナーでした。番組の一番の魅力は、平川先生の相手を引き込む独特な話術と、様々なストーリー性・実用性のある内容にあったと思います。毎朝、起き抜けの眠い目をこすりながら、聞いているうちにワクワク楽しくて、聞き終わる頃には目も覚めて、清々しい気持ちで学校に通えたので一石二鳥でした。
我が家が初めて、ホストファミリー民泊として外国人を受け入れるようになったのは、今から約35年前のことでした。その頃我が家は『札幌市民泊受入家庭』として登録していたため、私が所属していた国際ロータリークラブで高校生を、北星学園大学国際交流センターでは大学生を預かりました。また、趣味の1つであるアマチュア無線で知り合った海外の友人を招くこともありました。
初めの頃は、テーブルの上に“和英辞書”を常備し、お互いに緊張しっ放しで、生活習慣が全く違うことや相手が外国人ということで、色々と戸惑い、ついつい構えてしまいがちでした。そんな中、小中学生の子供たちは言葉がわからないなりにデスチャーや表情で楽しく笑いながら交流しており、子供たちの適応力や柔軟性にビックリしました。現在では、特別な扱いもしないでホストファミリーが出来るようになりました。
その後、長女も長男も高校生の時に、国際ロータリークラブを通じ、オーストラリアへ1年間留学させて頂きました。また次女はアメリカ人と結婚して、3人の子供たちと札幌で楽しく過ごしています。
あれほど毛嫌いしていた英語も今では、好きになり、時間に余裕のある時に少しずつ勉強しています。世の中どこに分岐点があり、嫌いだったモノが好きになり、また逆になるかは自分でも読めません。何事も興味を持って、挑戦することが大切です。その結果、新たな世界が広がる…何てこともあるのですから。人生はおおいに楽しみたいものです!












語学力堪能な佐藤一族が本当に羨ましい!
英語ができたら、少しは人生変わっていたのかもなぁ・・・。
・・・という思いを我が子に託し、そちらで英語教室のお世話に
なっているわけですが、最近は、英語教室のおかげで、英語に興味を
持ち始めたムスメ。
和英辞典を古本屋で購入し、一日ひとつだけ単語を調べては外人のマネ
をして発音しております。英語教室に感謝!!
今から辞書片手に英語の勉強、さすが金子ファミリー期待しています。 SATO